タグ別アーカイブ: じっくり、シルクのまち探訪

まゆちゃん工房(予約不要)※団体は要予約

まゆちゃん工房(予約不要)

※但し団体様の場合はご予約が必要となります。

お問い合わせ先
岡谷蚕糸博物館
住所
〒394-0021 岡谷市郷田1-4-8
電話番号
0266-23-3489
定休日
毎週水曜日(その日が祝日の場合は開館)
祝日の翌日、12/29~1/3、その他臨時休館日あり
営業時間
午前9:00~午後4:00
(但し12時~午後1時までは体験できません)
入館料
蚕糸博物館見学の場合は入館料がかかりますが、まゆちゃん工房のみの場合は入館料はかかりません。
製作する品により、製作費が別途かかります。
HP
http://silkfact.jp/

岡谷蚕糸博物館(シルクファクトおかや)

製糸工場を併設する、世界に類の無い博物館。愛称は、工場(Factory)のイメージとシルクの真実(Fact)を伝えたいたいとの意味を込め、「シルクファクトおかや」としました。

HP
http://silkfact.jp/

③ 旧林家住宅

~製糸家林国蔵の居宅 経営の営みを伝える~

製糸家であり実業家であった初代林国蔵の居宅。茶室と洋室が隣り合わせに接し、金唐革紙の和室がある貴重な文化遺産。国重要文化財。

初代林国蔵は、糸商人だった父林倉太郎の後を継いで製糸業に乗り出しました。明治9年に、平野村天竜川畔に官営富岡製糸場を模して20人繰器械製糸場をつくり、天竜製糸場と称します。明治12年片倉兼太郎、尾澤金左衛門と共に開明社を組織し、共同揚返場を設けるなど製糸技術の改良を図りました。

林国蔵はまれにみる実業家で、製糸業のほか、明治24年には鉄砲店を経営、鉄砲の製造販売を行いました。また、このころ製糸燃料不足が問題となるや諏訪薪炭株式会社を創設し、横川御料林の払い下げを受けたり、東筑摩郡西条炭の炭鉱採掘、また常磐炭鉱採掘もおこない、さらに通信業にも関わるとともに、中央東線開通運動にも奔走するなど公共のために尽力しました。

住宅は、イチヤマカ林製糸所の工場敷地の北側にありました。主屋と離れの座敷、茶室、洋館に分かれ、主屋の南側には繭倉庫の形式をとどめる土蔵が並んでいます。とくに希少価値が高いのは、西洋装飾の芸術、「幻の金唐革紙」と呼ばれる壁紙が張り巡らされている離れの2階の和室です。金唐革紙は欧米の建物の壁紙として輸入されていたもので、和室に使われることは一般になかったことです。天井・壁・襖・床の間の壁に全て金唐革紙が張り巡らされており、荘厳な雰囲気を演出しています。全国的にも貴重で、保存のよさもあり、「今はすっかり忘れ去られてしまった金唐革紙の宝庫として日本の近代建築史上にきわめて重要な価値をもつ」という評価も得ています。

また、迎賓館的な位置づけの離れである洋館は商談相手やお客様をもてなすために、洒落たつくりになっています。洋館の玄関が公的な、事業上の来客の玄関でした。洋館の玄関ホールに入ると、右に小さな扉があります。この扉を開けると・・・なんと茶室が!西洋式の玄関から入ってきたお客様にちょっと驚いてもらうユニークな心遣いです。

お問い合わせ先
岡谷市生涯学習課(0266-23-4811(内線1233))
住所
岡谷市御倉町2-20
電話番号
0266-22-2330
定休日
毎週水曜日、祝日の翌日、年末年始(12/29~1/3)
営業時間
9:00~16:30(12月~2月末は15:00まで)
入館料
おとな580円、こども270円、
(団体10人以上の場合 おとな 370円、こども110円)
諏訪郡内6市町村小中学生・岡谷市内在住在学高校生は無料
HP
http://www.city.okaya.lg.jp/okayasypher/www/info/detail.jsp?id=12771

⑧ 蚕霊供養塔(照光寺)

~製糸発展のために犠牲になった蚕の霊を慰める~

蚕霊供養塔が建立されたのは昭和9年です。この当時の岡谷地方は、世界不況のあおりを受け、製糸工場は休業・倒産するところが多くありました。人々は職を失い、路頭に迷う者も出るなど、経済の咲紀域にも心を痛める状態でした。

こうした折、製糸業関係者は製糸発展のために犠牲になった蚕の霊を慰め、蚕神を祀り蚕糸業の発展を祈念するため、蚕霊供養塔建立を思い立ち、各界に呼びかけました。諏訪製糸研究会会長小口善重ほか18名が発起人として選ばれ、建設費を人々の寄付に頼りました。その結果3万人にも及ぶ人々からの浄財を得て建立の運びとなりました。

建立地は製糸家の多くが檀家でもあった照光寺境内と定め、昭和9年7月28日着工、11月15日竣工しました。総工費は5千円(当時)であったといいます。

供養塔は総ヒノキ造りで、銅板葺きの二重塔、基壇積石14尺四方、高さ5尺の美濃石を使い、堂塔建築様式の組物である三手先(屋根を支え軒を飾る3段の木組み)とし、緩やかな勾配、古風な宝輪・水煙共に優美です。

本尊は馬鳴菩薩で、木造総高1尺5寸7分。美濃石の基礎の下には寄付帳(工女の名前や5銭、10銭、等の金額も記載)、建設の経緯を記録した資料、当時の新聞や雑誌などを収めた瓶が埋められていました。

この後蚕霊供養塔奉賛会を結成、昭和10年4月29日第1回の御開帳を行い、以後毎年法要厳修の蚕糸祭を行っています。

住所
岡谷市本町2-6-43

⑦ 株式会社金上繭倉庫

~製糸業のシンボルの一つ繭倉庫~

製糸工場の原料繭は購入してから繰糸までの間、貯蔵が必要です。機械製糸発足の当初は、繭は居宅の2階か土蔵に置くのが普通でした。しかし、従来の土蔵は換気が悪くカビが生じる心配がありました。また、明治18年に尾澤金左衛門宅で火災が起こり、繭を焼失し大損害を被ったことから、繭専門の倉庫を建築する動きが高まりました。昭和初年には市内合計105棟の繭倉庫が存在し、白壁土蔵造りの4・5層から6層の建物は幾百もの煙突と共にシルク岡谷の象徴となっていました。

金上繭倉庫は、旧サスダイ中村甫助製糸所の繭倉であった建物で、卸業の金上が昭和32年に敷地ごと譲り受けて移転。現在も倉庫として利用しています。

間口8間、奥行5間の3階建て。白漆喰塗り仕上げの木骨土蔵造りで、切妻造りの大屋根には当初、諏訪地方特産の「鉄平石」が葺かれていました。現在は鉄板葺きに改修されています。広い間口に設けられた入口の土戸は大きく、土蔵の延長としての特徴を示しています。繭の自然乾燥に適した多窓式や、3階建ての規模から明治前期の建設と推定され、繭倉庫草創期の古い形式が見て取れます。各窓には鉄の雨戸がつけられていましたが、太平洋戦争中に供出、現在は軒と木柵が独特の表情を作っています。

外観のみ見学可
道路からの見学となりますので気をつけてご覧ください。

⑥ 旧山一林組製糸事務所・守衛所

~糸都岡谷の歴史と新たなシルクブランを伝える~

大正10年に建築された旧山一林組製糸株式会社の事務所棟と守衛所建物です。国登録有形文化財。

山一林組製糸は明治12年創業で、岡谷でも5指に入る大製糸工場でした。昭和2年には、市内に本工場314釜、第2工場284釜、第3工場300釜、諏訪郡永明工場356釜、伊那郡伊奈富工場436釜、県外にも埼玉県熊谷工場320釜、千葉県我孫子工場365釜、静岡県沼津工場540釜、愛知県稲沢工場551釜の合計9工場3,966釜という全国第6位の釜数を誇る大工場でした。昭和4年には林組製糸株式会社、23年にミハト製糸株式会社、36年信栄工業株式会社として精密業に変わり、47年に閉業しました。

山一が後世に語られる時、昭和2年に製糸工女の争議舞台になった「山一争議」を抜きにはできません。同争議は戦前の製糸工場争議では国内最大級であり、19日間に及びました。当時は経済状況が悪く、国内各地で争議が発生した時代でした。今日、現存する事務所・守衛所建物と塀の一部は当時のままで、歴史景観の一部が今に残されている貴重な生き証人であるといえます。

大正10年に建てられた事務所は、全盛期の製糸業をしのぶ数少ない建物として貴重です。木造2階建て、外観は洋風ですが屋根は和瓦で葺かれており、寄せ棟屋根の正面は切り妻破風の屋根を掛け、変化がつけられています。外壁は茶色のタイルが前面に貼られ、柱型が洗い出し仕上げ、外部開口窓は上げ下げ窓で、基礎部分は石貼りで仕上げてあり、一見すると鉄筋コンクリート造りにも見えます。

現在は、絹工房として、絹織物研修・制作に利用されています。「岡谷絹」は、その洗練されたデザインと手織り独特の風合いから新たなシルクブランドとして注目を集めている。岡谷絹を実際に自分で織ることができる機織り体験(要予約)や各種製品の販売コーナーが見どころ。

お問い合わせ先
岡谷市役所 商業観光課(0266-23-4811)
住所
岡谷市中央町1-13-17
定休日
岡谷絹工房:毎週月・水・木・金曜日、盆時期、年末年始
営業時間
9時30分~16時まで
入館料
機織り体験  2000円 約30分 材料費込み