近代化産業遺産群

上州から信州そして全国へ』 

<近代化産業遺産とは?>

幕末から昭和初期にかけての産業近代化の過程は、今日の「モノづくり大国日本」の礎として、また、各地域における今日の基幹産業のルーツとして、きわめて大きな意義を持っています。このような産業近代化の課程を物語る存在として、全国各地に数多くの建造物・機械・文書などが今日まで継承されています。これらの「近代化産業遺産」は、物理的価値に加えて、国や地域の発展に果たした役割、先人たちの努力など、無形の価値をも有するものです。このようなことから、経済産業省は、産業史や地域史のストーリーを軸に、相互に関連する複数の遺産により構成される「近代化産業遺産群」を取りまとめることとし、平成19年度に33のストーリーが認定されました。

<シルク岡谷と近代化産業遺産>

岡谷市は、明治時代から昭和初期にかけて日本の近代化を支えた生糸の都「シルク岡谷」として世界にその名を馳せました。そして、当時を物語る15件の遺産が、「『上州から信州そして全国へ』近代製糸業発展の歩みを物語る富岡製糸場などの近代化産業遺産群」として、近代化産業遺産に認定されました。

「シルク岡谷」を象徴する近代化産業遺産をぜひご覧ください。

 

パンフレットのダウンロードはこちらから⇒ シルク岡谷の絹産業遺産

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富岡製糸場

富岡製糸場富岡製糸場は、殖産興業を推進するために国が建てた大規模建造物群が現存する産業施設です。繰糸場は長さ約140.4m、幅12.3m、高さ12.1m。
工場建設は明治4年(1871年)から始まり、翌年の明治5年(1872年)7月に完成、10月4日には歴史的な操業が開始されました。繭を生糸にする繰糸工場には300人取りの繰糸器が置かれ、全国から集まった工女たちの手によって本格的な器械製糸が始まりました。
昭和13年(1938年)には株式会社富岡製糸所として独立しましたが、昭和14年(1939年)には日本最大の製糸会社であった片倉製糸紡績株式会社(現・片倉工業株式会社)と合併されました。
その後、戦中・戦後と長く製糸工場として活躍しましたが、生糸値段の低迷などによって昭和62年(1987年)3月操業を停止しました。

富岡製糸場
群馬県富岡市富岡1-1
TEL : 0274-64-0005
 

片倉館

片倉館片倉館は、大正から昭和の初期に日本における輸出総額の約1割が絹製品であった当時、シルクエンペラーと称された片倉財閥により地域住民に厚生と社交の場を供するため昭和3年に竣工され、それを運営する(財)片倉館が昭和4年に設立されました。
当時の片倉財閥当主、二代兼太郎社長は大正11年〜12年にかけて北中南米〜欧州へ全行程約20万kmに及ぶ視察旅行を行い、その際ヨーロッパ各国の農村には充実した厚生施設が整っている事に強い感銘を覚えました。
我が国にもぜひそのような地域住民のための施設を提供したいと一族に計り、上諏訪に住民のための温泉、社交、娯楽、文化向上を目的とした片倉館が誕生しました。

片倉館
諏訪市湖岸通り4-1-9
TEL : 0266-52-0604
http://www.katakurakan.or.jp/

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